水素社会がもたらす未来と東レの取り組み
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水素社会がもたらす未来と東レの取り組み

世界が化石燃料依存からの脱却と“ゼロエミッション経済”への移行に取り組む中、水素は変革の牽引役として重要な鍵を握っています。未来のエネルギーとしての大きなポテンシャルにも関わらず、その実用化はこれまで様々な課題に阻まれてきました。しかし今、世界では変化の機運が急速に高まっています。

世界で進む地球温暖化対策は、今年大きな節目を迎えています。英国では10月末からCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)が開催予定です。そしてIPCC(気候変動政府間パネル)が最近発表した報告書では、各国政府や民間セクターによる抜本的取り組みの重要性が改めて浮き彫りとなっています。この報告書では、大気中のCO2濃度が過去200万年で最高レベル、海面上昇のスピードが過去3000年で最速レベル、北極海氷の減少も過去1000年で最悪のレベルにあるという深刻な事態が明らかになりました。またWMO(世界気候機関)によると、世界の年間平均気温が最も高い上位20年は、いずれも1996〜2018年に集中しています。

こうした現状を受け、昨年から今年にかけては、ゼロエミッション達成へのコミットメントを改めて表明する国が相次ぎました。 例えば昨年10月には、日本の菅義偉首相(当時)が2050年までの温室効果ガス“ネットゼロ”を宣言。米国のジョー・バイデン大統領も、同年までのゼロエミッション実現を公約として掲げ、様々な政策を発表しています。

地球温暖化はそれ自体が大きな問題ですが、密接な関係にある資源枯渇との相乗効果によって、人類・生物多様性に対する脅威はさらに深刻化しています。例えば、気候変動の影響で現在絶滅の危機に直面する生物は100万種以上。世界における資源の採取量は1970年時点と比較して3倍以上に達しており、非金属鉱物は5倍、化石燃料の利用率は45%拡大しています。また工業用水の取水量も、2015〜60年にかけて2010年時点の2倍に達する見込みです。

しかし深刻な状況の中でも、前向きな流れは見られます。特に注目すべきは、問題克服の鍵を握る2つの要因、つまり炭素フリーエネルギーと循環型経済の実現可能性が高まっていることです。中でも水素は、その普及・推進に重要な役割を果たすでしょう。

水素エネルギーのポテンシャルと東レの取り組み

水素の普及による環境負荷の軽減効果は極めて大きなものです。太陽光・風力などの再生可能エネルギーを使って水を電気分解する“グリーン水素”のポテンシャルは、特に注目に値するでしょう。製造、電力としての消費、エネルギーとしての熱利用といういずれの段階でもCO2を排出しないグリーン水素は、燃料・電源として幅広い用途に利用可能です。自動車・トラック・鉄道・船舶・航空機など様々な交通手段の動力源、再生可能エネルギーの貯蔵手段となるだけでなく、パイプラインや輸送機関を通じた長距離運搬も可能なため、工場やオフィスなどあらゆる仕様・規模の施設で電源として利用できます。

また水素は、循環型経済の牽引役としても大きなポテンシャルを秘めています。例えば、有害なガス・物質の分解、そして肥料の主要原料であるメタンの改質など、化学物質やCO2の再利用に重要な役割を果たします。水素の燃焼時に発生する唯一の物質である水も再利用可能です。

東レはこのグリーン水素の普及に重要な役割を担っており、製造・輸送・貯蔵・利用といったバリューチェーンのあらゆる領域で、業界標準となる数多くのソリューションを創出しています。例えば、水電解やグリーン水素製造の基幹材料となる東レの炭化水素系電解質膜は、既存製品と比べて単位面積当たり2倍の水素を生成。大幅な生産性向上とコスト削減を実現しました。

同社の常任顧問 経営企画室担当を務める出口雄吉氏は、「2050年までにカーボンニュートラルな社会を実現するためには、先進的イノベーションの絶え間ない創出が求められます。この極めて困難な課題に立ち向かうためには、テクノロジー・社会の仕組みという二つの領域で人類の英知を結集しなければなりません」と語ります。

「私たちは、研究・技術開発や事業活動を通じ、カーボンニュートラル社会の実現に貢献する革新的ソリューションの提供に挑戦するとともに、自社の事業活動に伴うGHG排出の実質ゼロ化に取り組みます。」

官民パートナーシップの重要性

政府は水素経済が持つポテンシャルを最大限発揮させるため、様々な取り組みを行っています。そしてそのパートナーとして重要な役割を果たすのが企業の存在です。現在様々な政府機関が先駆的プロジェクトを独自に進めていますが、ソリューション開発やその普及・導入といった領域では民間セクターの協力が欠かせません。

出口氏は、「カーボンニュートラル社会の実現には、企業単位の取り組みだけでなく、産業界全体と政府・研究機関の連携を通じた社会インフラの構築やイニシアティブの推進が求められます」と指摘しています。「社会ニーズに応えるためには、世界各国のパートナー企業から学び、共に製品開発へ取り組む姿勢が欠かせません。創造的な協働関係(共創)は、素材メーカーである東レの強みなのです。」コラボレーションは東レの企業文化の中でも重要な役割を果たしています。働きがいと公正な機会の実現という東レの理念は、様々な研修プログラムを通じた人材開発や、能力を存分に発揮できる活気に満ちた職場環境に体現されています。

規模に応じた最適化が可能なインフラを通じ、水素をオフィス・工業施設・一般家庭の電源・燃料として活用する“水素社会”の実現は、私たちが掲げる主要ビジョンの一つです。東レはその一環として、東京電力・山梨県など8つのパートナー企業・組織との連携を通じたコンソーシアム『H2-YES』(やまなし・ハイドロジェン・エネルギー・ソサエティ)を設立。バリューチェーン全体でグリーン水素の製造・貯蔵を行う“P2G”(Power to Gas)システムの開発に取り組んでいます。

「このプロジェクトの全パートナーは、再生可能エネルギー由来の電力を利用したグリーン水素の製造、そしてエネルギー輸送媒体としての活用というビジョンを共有しています。“セクター・カップリング”というコンセプトに基づき、製造されたグリーン水素を、消費地で電力・熱源・燃料・産業用原料などに変換します」と語るのは出口氏。電力・エネルギー企業と消費者のシームレスな統合を目指すこのコンセプトが実現すれば、2050年までにCO2排出量を最大60%削減可能です。

生活様式の変革に向けて

水素が社会にもたらす恩恵は、気候変動・資源枯渇の緩和にとどまりません。大気汚染の軽減や都市・街の環境向上だけでなく、再生可能エネルギーの貯蔵に活用すれば、エネルギー安全保障の強化にもつながります。また農業生産者や食品メーカーへの安定したエネルギー供給を可能にし、食糧安全保障の確立にも重要な役割を果たします。

東レの先端材料は、重要な社会的ニーズの実現にも役立っています。例えばボーイングの最新鋭旅客機の一つ787型機は、主要構造材として東レの開発した炭素繊維複合材料を使用し、機体の軽量化と20%以上の燃費効率向上を実現。窓の30%サイズアップや、客室の静音化と快適な湿度環境にもつなげています。また衣料品の分野において東レの高機能合成繊維は、薄手でありながら暖かいユニクロのインナーウェア『ヒートテック』にも採用されています。

気候変動・資源枯渇の解消に向け、水素の持つポテンシャルを最大限活用するためには、製造コスト削減とインフラ整備という二つの短期的課題を克服する必要があります。そして東レは両分野で変革をリードしています。「これまで私たちは、“素材には社会を変える力がある”という信念のもと、社会貢献という使命に基づいて事業に取り組んできました」と出口氏は語ります。「気候変動や安全で衛生的な生活環境など、環境にまつわるグローバルな課題の克服は、今後数十年に人類が直面する最大の社会的チャレンジとなるでしょう。」

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