グリーン水素と資金調達: 現実的アプローチの重要性
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石油精製・アンモニア製造プラントでは、水素の安定的需要が既に確保されているため、金融機関の融資を受けやすい。こうした施設で水電解槽の建設プロジェクトを進め、環境負荷の高いメタン由来の水素を、再生可能エネルギー由来のグリーン水素へ切り替えれば、短期間でCO2削減効果が期待できる。またこれによってグリーン水素の実用性が証明され、電解槽技術における規模の経済性も実現できるだろう。

純水素の世界的需要の推移(1975~2018年)

資料: 国際エネルギー機関

水素プロジェクトの資金調達に伴う課題

再生可能エネルギー革命が始まった数十年前、金融機関は融資に慎重だったが、判断材料は極めて明確だった。それは太陽光・風力発電で作られた電気が、石炭・ガスに対して十分な価格競争力を備えているかという点だ。電力需要は明確に把握できる上、送電にまつわる問題も国の電力網整備によって解消されていた。

しかしグリーン水素を取り巻く環境は大きく異なる。水と再生可能エネルギーの両方を現地で確保する必要があるなど、生産体制の構築には複雑な要因が絡む。また水素を製造拠点から消費地へと輸送するため、大がかりなインフラ整備を進めなければならない。海上輸送を行う場合は、まず搬出時に水素を液化し、目的地での搬入で再びガス化させるため、二つの処理設備が不可欠だ。将来的にはアンモニアなどの運搬船が流用可能となるかもしれないが、現時点では難しい。

水力、太陽光、風力

グリーン水素は再生可能エネルギーを必要とする

運搬タンカー

水素の移動には膨大なパイプラインや船舶を必要とする

発電所

運ばれた先では、消費される前に液化水素をガスに転換する必要がある

グリーン水素プロジェクトが極めて複雑なのは、こうした様々な条件を満たす必要があるためだ。技術上のリスクだけでなく、パイプラインや液化プラント、場合によっては風力・太陽光発電所を近隣地に建設しなければならない。運営リスクの伴うこうしたインフラを全て整備しなければ、水素の製造を開始し、借入返済のためのキャッシュフローを確保できないのだ。

現在のところ、水素や水素から派生したデリバティブを取引する金融市場が存在せず、水素製造企業は先物取引契約を通じた価格保証ができない。つまり、融資判断の重要な基準となる信頼性の高い収益予測を立てることが難しい。仮に水素の製造が開始されても、買取価格があらかじめ合意されなければ状況は変わらないだろう。

こうした課題を解消するための鍵となるのは、既に水素を利用するアンモニア製造会社や石油精製企業の存在だ。安定した需要が見込め、新規インフラ建設の必要性もほとんどない。そして何よりも、こうした企業自体がユーザーであるため新たな買い手を探す必要がなく、金融機関もその財務基盤(多くの場合安定している)を判断材料として効果的に融資判断ができる。

今後の方向性

グリーン水素の活用を通じたアンモニア製造・石油精製産業のゼロエミッション化は、水素社会の理想像と比べれば小手先の取り組みに見えるかもしれない。しかしこうしたプロジェクトがもたらすメリットは非常に大きい。例えば、現在のところ希望的シナリオにとどまるグリーン水素の普及を後押しするだろう。電解槽技術における規模の経済が確立されれば、運営コストは低下し、技術的ブレークスルーの可能性も高まる。その結果、グリーン水素の価格も低下し、用途はさらに広がるだろう。

また各国政府は、燃料電池バス・鉄道や水素発電所など、新たな領域でグリーン水素の活用支援を進める見込みだ。固定価格での買取りを公的機関が保証すれば、金融機関も融資をしやすくなる。

ただし政府の財政支援には限りがあるため、民間資金によるグリーン水素プロジェクトの推進も不可欠だろう。取り組みの拡大によりグリーン水素の需要が高まり、規模の経済性確立を促すだけでなく、水素ビジネスのポテンシャルを他の民間投資機関にも示すことになる。

石油・ガス会社による水素プロジェクトの推進は、環境活動家から懐疑的な目で見られることが多い。しかしこうした相乗効果を考えれば、これらの企業によるグリーン水素の製造技術開発は奨励されるべきだ。石油・ガス会社が自己資本を活用すれば、経済性にまつわる課題とリスクが伴うプロジェクトも、金融機関の融資に頼ることなく実現できる。

将来的にグリーン水素プロジェクトは、政府・民間を巻き込んだ様々な形で推進されるようになるだろう。しかし当面の間は、政府主導のプロジェクト、石油・ガス会社による自己資本のプロジェクト、特に既存金融機関のプロジェクトファイナンスを通じたアンモニア製造・石油精製企業のプロジェクトが主流となる。これらの取り組みは、グリーン水素エコシステムの進化・拡大を実現する上で重要な役割を果たすだろう。

水素市場の成熟には時間が必要だ

水素が主力エネルギーとなる未来像は、商品取引所のスポット市場や(リスク管理を可能にする)デリバティブの活用を通じたグローバル規模の取引を前提としていることが多い。しかし、水素向け金融市場の発展には数十年単位の時間が必要だろう。市場参加者はリスク管理や事業の収益性を重視するからだ。

ただし液化天然ガス(LNG)市場の例が示すように、こうした現実が短期的な水素製造・消費拡大の足かせとなることはない。

海上輸送が始まってからほぼ60年が経った今も、LNG向けの金融・デリバティブ市場は発展途上だ。しかし米国の最新プロジェクトをはじめとした大規模開発計画は着実に進んでいる。シェニエール・エナジーが10年前に計画したルイジアナ州のサビーネ・パスLNGターミナル建設プロジェクトでは、同社がオフテイク契約(長期供給契約)を結んでいたため、金融機関からの資金調達が比較的スムーズに運んだ。

冒頭でも指摘したように、グリーン水素の普及の鍵となるのは現実的需要の見込めるプロジェクトの推進だ。その意味でも当面の牽引役となるのは、アンモニア製造・石油精製プラントで行われるグリーン水素活用プロジェクトだろう。こうした取り組みを通じて、融資の裾野を広げれば、グリーン水素の製造・消費を後押しできる。目の前にある大きな機会を活用し、実績を積み重ねていくことが、水素社会を実現するための近道なのだ。

Rachel Crouch氏は、米国・ラテンアメリカ諸国におけるエネルギー・プロジェクトを専門とするプロジェクトファイナンス担当弁護士。再生可能エネルギー分野を中心に、エネルギー・インフラプロジェクトの資金調達で開発企業・投資家・金融機関に助言を提供。ノートンローズフルブライトを退社後、米国の独立系電力会社AESコーポレーションの首席弁護士を務めている。本編は著者の考えを反映するもので、必ずしもAESコーポレーションの考えを反映するものではない。

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